poetry,  長歌

たいようとくも

たいようがぽろり こくてんいまいち
ひかりののびも いまひとつ
なによりながい ふゆだから
そろそろはるに いんどうを
それをきいて ふゆぐもは
すこしほろりと なみだする
きみがときたま やすめるやう
もくもくからだを のばしても
いつもヒトには きらわれる
どうせちじょうの にんげんは
ふゆひなたが おきにいり

おもいすごしと たいようは
ここいっしゅうかんの しめりけで
ますくのにんげん げきげんし
つまりはじゃあくな いんふるの
うぃるすもろとろ たいじした
これはなりより がんばった
くものおてがら わすれるな

きせつはうつり かわるもの
ゆたかなしぜんの うつろいが
やまとのくにの たからだよ
きにせずまもなく くるはるに
ちじょういっぱい はなひらく
さくらのはなの ちらぬやう
あめがせいて おちぬやう
まもるもきみの やくめだよ

わかっているさ やくまわり
きせつにあわせ じゆうじざい
すがたをかえる ぼくだから
でもきせつの かわりめに
ただなんとなく せつなくて
おもわずなみだが ほろりする

それはわかるが ふゆのくも
たいおんひくめの いまどきは
きみがなみだを こぼしたら
ヒトのせかいは ゆきになり
せっかくのはやうめ はやざくら
なえてしまうと かわいそう
はるのそのさき なつくれば
むくむくげんきな にゅうどうに
ちからをあたえ おもいきり
たきのやうな おおあめを
ふらせるときまで おたのしみ

ほんのすこしの えがおうかべ
くもはたいようの ほうをみて
こくてんすくなく なっている
おきにいりの たいようを
ちょっぴりきにして だまりこむ

おんだんかとか いじょうきしょう
にんげんかってに いうけれど
しょせんはたいようの わくせいで
たいようのたいちょう くずれれば
たちまちにして ひょうがきに
すっかりおおわれ にんげんは
ひとたまりもなく いなくなる
そんなこととも つゆしらず
きょうもむえきな ともぐいを
せんそうてろと しかめつら
どうもこまった いきものだ

きゅうにだまって どうしたの
たいようによばれて ふゆぐもは
ふとわれにかえって たいように
まぶしそうに かおむける

なにはともあれ くもだけが
どんなきせつも かたときも
いつもどこでも まんべんなく
たいようのひかりを ひとりじめ
それをおもって ふゆぐもは
そろそろよびなを はるぐもに
かえるときかと ためこんだ
すいぶんすこし だいえっと
にんげんせかいの なによりも
すなおな子どもら いんふるで
ねつだしぐったり しないよう
うぃるすにさいごの いちげきを
あびせるために うるおいを
もうすこしだけ あたえるか

ほほえみもどった ふゆぐもを
いちおくごせんまんの かなたより
たいようみまもり うれしそう
そんなよろこぶ たいようの
きもちがつまりは エネルギーで
ひかりとなって いつまでも
ちきゅうをあたため なごませている

反歌

ふゆびよりこくてんいまいちほねやすめ
かわらずちきゅうをなごませるため

ふゆのくもこおりつぶたんともちもちだ
うるおいさいごにもうすこしだけ